今日は広島原爆の日
広島平和式典が行われた日‥
まだ学生で実家に居た頃、
この日になるといつも父がTVで式典の中継を見ていた。
どうしてそう、毎年毎年‥?と思っていたけど
今は自分も見てる(^^ゞ
学生の頃は判らなかったけど、今思えば
祖父はどちらも戦争体験者。
住んでいた市は、その兵士(屯田兵)が開拓し隣町に
「北広島」という町があった。
戦争とは切っても切れない縁があったからなのか‥
学生時代、ALFEEで知り合った友達が
「北広島」に引っ越しをして、
広島の友達も出来、聞いた事があった。
どちらの市町でも8/6はサイレンや鐘が鳴り、
慰霊祭が行われてるみたいだけど、
『北広島』と『広島』と何か繋がりがあるのかな?と。
その時は調べる手段は図書館しかなかったので、
あまり気にはしてませんでしたが、
インターネットが普及した今(数年前ですが)色々調べたら、
「北広島」は戦時前後、広島から疎開してきた方々が
移住し開拓して出来た町だと知りました。
だから、原爆の日には広島と同様に慰霊祭が行われるんだと。
そして今私が住んでる市では2007年から
毎年、「平和大使」の制度を設け、
8月6日の広島市で開催される
『広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式』へ
参加する市民代表参加者を選出してる。
中学生の頃、学校の図書室に
「はだしのゲン」が置いてあり、学校に漫画⁉と思って
読んでみたら、戦争の悲惨さを語り継ぐ教則本として
置いてあり、授業でも取り上げられていた。
その描写が私には強烈すぎて、読めないページがありましたが、
全巻読んで、心が痛みました。でも、それもつかの間。
やはり、現地に居て、いくつもの話を見聞きしなければ、
実感がないし、他人事である事に変わりない。それが率直な感想。
でもね、「知る事、考える事」が大切なんだと思います。
「平和な日本に、生まれた」という現実。
それは、広島/長崎の悲惨な現実があったからだと思うのです。
もし、あの日の事がなければ、
今も日本は、争いが絶えない「荒れた国」だったかもしれない。
沖縄は日本じゃ無かったかも知れない。
北海道も日本じゃ無かったかも知れない。
いいえ、それどころか、日本であって日本じゃ無かったかも知れない。
考え、数え挙げれば、きりがない。そんな事が沢山あるのが日本です。
どうなっていたかは計り知れないですが、
こんなに平和で平穏ではなかったのは間違いないと思います。
だから、年に一度でも、この暑い夏に
あの暑い一日、一日に想いを寄せて‥
あの日から今年で69年ですか‥
亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、恒久平和を願って‥合掌